主な登場人物Main characters
吉沢正巳(よしざわ まさみ)さん(浪江町・畜産農家)
南相馬市と浪江町にまたがる30ヘクタールの牧場(元居住制限区域内、平成29年3月31日に解除)に住み、300頭以上の被ばく牛を生かし続けている。事故後、牧場名を「吉沢牧場」から「希望の牧場」に変えた。牧場経営に失敗した兄の跡を継ぐも、雇われ牧場長であった吉沢には土地と牛への賠償金は貰っていない。「被ばく牛の殺処分は、被災者に対する棄民政策につながる」との考えから、日本全国、宣伝カーに乗り、原発事故の悲惨さを訴えている。
小峰静江(こみね しずえ)さん(吉沢さんの姉)
公務員を退職し、希望の牧場内に一軒家を建てた。震災前までは新しい家で夫と息子とともに暮らしていた。震災後、千葉に避難。弟の吉沢さんを心配して、希望の牧場を手伝うようになる。過激に走ろうとする弟の行動を案じて、時には諌めることも…。
山本幸男(やまもと ゆきお)さん(元浪江町町議会議員・畜産農家)
600年続く武士の家系に生まれ、30年以上浪江町の町会議員を務め、小高浪江原発を推進してきた町の有力者。安全神話を信じ過ぎたことを後悔し、過去の自分を自問自答している。
山本牧場(帰還困難区域)は福島第一原発から直線で約12kmにある。当初いた70頭の牛は現在は40頭になった。「牛を生かすことは故郷を守ることにつながる」との信念を持ち、二本松市の仮設住宅から片道2時間かけて、浪江町の牧場に通い続けてきた。浪江町和牛改良友の会の会長も務める。相双地方で千年続く伝統行事「相馬野馬追」には孫子3代で出場するほどの郷土愛を持つ。今年、二本松市から浪江町に近い南相馬原町区に移り住む。
池田光秀(いけだ みつひで)さん 美喜子さん 夫妻 (大熊町・畜産農家)
原発の立地村・大熊町で5代目となる畜産農家。池田牧場(帰還困難区域)は福島第一原発から僅か5km。元は地元の大地主であったが、戦後の農地改革で広大な土地を失うことになる。夫婦で愛情深く牛を育ててきただけに、殺処分には断固反対、賠償金を取り崩し、牛の餌代に充てている。小規模経営のため、兼業農家。平日は妻の美喜子さんが牛の世話をし、サラリーマンとして働く夫の光秀さんは週末だけ手伝う。一日も欠かさず牧場に通い、牛に愛情を注いできた。現在は広野町に避難している。
柴 開一(しば かいいち)さん(浪江町・畜産農家)
浪江町の中でも最も放射線量が高い井出地区(帰還困難区域)にあり、福島第一原発から約10km地点にある牧場主。戦後、父が荒地から開墾した牧場の後を継ぐ。事故後、妻と娘は埼玉に避難し、年老いた母と牛を世話するために二本松市の仮設住宅に一人残った。山本幸男さん等と一緒に作った浪江町 和牛改良友の会のメンバーの一人。高校卒業後、50年近く牛と共に暮らしてきたが、柴牧場の隣の空き地が汚染物の仮置き場に指定されたため、重大な決断をすることに…
渡部 典一(わたなべ ふみかず)さん (浪江町・畜産農家)
柴牧場と同様に浪江町でも最も線量が高い小丸地区(帰還困難区域)にある牧場主。柴牧場はすぐ隣。同じ和牛改良友の会のメンバーとして助け合ってきた。二本松の仮設住宅から、2日に1度牧場に通い、被ばく牛を世話し続けている。現在も平均15μSv/hを超す線量が残っている。被ばく牛研究の中心となる牧場。2017年12月、浪江町中心部に建つ復興住宅に転居した。
鵜沼 久江(うぬま ひさえ)さん (双葉町・畜産農家)
原発からわずか2kmに牛舎がある。3月12日、1号機の原子炉建屋の水素爆発事故後、牛に餌を与える暇もなく非難を余儀なくされた。5か月後に初めて一時帰宅、飼っていた50頭の和牛の姿はなく、牛舎には、死臭と共にたくさんの牛の骨が散乱していた。数頭の牛が自力で牛から逃げ生き延びていた。家族全員で埼玉に避難している身では、生き残った牛の世話もできず、ある決断をすることになる。
岡田 啓司(おかだ けいじ)さん (岩手大学 農学部 共同獣医学科 教授)
家畜のQOL向上による疾病予防・生産性向上に関する研究を専門としている。
原発事故後、町を徘徊する野良牛を増やさないため、被ばく牛を生かし続ける農家の牛の去勢をボランティア活動で支援してきた。貴重な被ばく牛を経過観察する研究は人類にとっても科学的な知見が得られるテーマだと感じ、有志とともに一般社団法人 原発事故被災動物と環境研究会を立ち上げる。
自身はその組織の事務局長を務める。被ばく牛x農地x復興を目標に掲げ、被ばくした牛の放射性物質の体内吸収・蓄積を含む体内動態や環境動態を長期間にわたって観測してきた。研究に参加する農家は、現在は浪江町(山本・渡部・原田他殺処分受け入れ農家を含む)、大熊町(池田)の約10軒。研究資金獲得へ奔走するも、来年からの資金の目途は立っていない。